北海道ではずっと前から、新幹線延伸が悲願でした。
それが今月、どういうわけか突然、青森ー函館ー札幌までの工事着手が決まったのです。
しかし、函館から札幌までは、ほとんどがトンネルの中。
雪のせいですね。
40分で着くんだから、ま、いいか、というのは北海道人の意見で、山も湖も見たい観光客が果たして乗るか。
それはともかく、私の曾祖父遠藤吉平は、初代函館市長で、廻船問屋を営んでいました。主として米を運んでいたようです。
上の画像は、彼が建てた「遠藤商会」で、今でも、大町に、市の保存指定で残っています。
洋館ですが、今は空き地になっている後ろの土地には和風の建物が建てられていました。
函館は日本で最初にアメリカからの黒船を受け入れ、貿易が盛んになった町ですが、入港する外国船から見た景色作りに細工しました。
よく見える2階を洋風に、見えない1階は和風にデザインしたのです。
遠藤商会は港の真ん前だったのでまるまる洋館ですが、裏は和風にしたのですね。
全て洋館にしたくない日本人の気持、というのは、現代ではあまり理解されない気風かもしれません。
それが今月、どういうわけか突然、青森ー函館ー札幌までの工事着手が決まったのです。
しかし、函館から札幌までは、ほとんどがトンネルの中。
雪のせいですね。
40分で着くんだから、ま、いいか、というのは北海道人の意見で、山も湖も見たい観光客が果たして乗るか。
それはともかく、私の曾祖父遠藤吉平は、初代函館市長で、廻船問屋を営んでいました。主として米を運んでいたようです。
上の画像は、彼が建てた「遠藤商会」で、今でも、大町に、市の保存指定で残っています。
洋館ですが、今は空き地になっている後ろの土地には和風の建物が建てられていました。
函館は日本で最初にアメリカからの黒船を受け入れ、貿易が盛んになった町ですが、入港する外国船から見た景色作りに細工しました。
よく見える2階を洋風に、見えない1階は和風にデザインしたのです。
遠藤商会は港の真ん前だったのでまるまる洋館ですが、裏は和風にしたのですね。
全て洋館にしたくない日本人の気持、というのは、現代ではあまり理解されない気風かもしれません。
Posted at 13:44